図書館で可能性をハックしよう!_品川翔英高校
「将来やりたいことはある。でも、自分には無理だと思う」
高校生と話していると、こうした言葉を聞くことがあります。
けれど、本当に実現できないのでしょうか。
もしかすると、できないと判断するための情報さえ、まだ十分に持っていないのかもしれません。
必要な条件を知らない。
どのような道があるか分からない。
誰に相談すればよいか分からない。
最初に何をすればよいか分からない。
その結果、「分からないこと」が「できないこと」に置き換わっている可能性があります。
私は現在、目標に必要な条件や到達経路を調べる経験が、高校生の将来に対する見方をどのように変えるのかを研究しています。
今回、高校2年生を対象に、AIと図書館を活用して自分の目標を調べるイベント「図書館で可能性をハックしよう」を実施しました。
私が研究している「可能性認知」とは
本研究では、可能性認知を次のように暫定的に定義しています。
ある目標について、必要な条件や到達経路を理解することで、現時点では困難であっても、条件次第では近づけると認識すること
これは、単に「自信を持とう」「前向きに考えよう」と伝えるものではありません。
また、「自分なら絶対にできる」と考える自己効力感とも、少し異なります。
例えば、海外の大学に進学したいと思ったとします。
最初は、「英語が苦手だから無理」「お金がかかるから無理」と考えるかもしれません。
しかし、実際に調べてみると、
- どの程度の英語力が必要なのか
- どのような奨学金があるのか
- 国内大学から留学する方法はあるのか
- 語学学校や交換留学という選択肢はあるのか
- 同じような状況から進学した人はいるのか
といった情報が見えてきます。
調べた結果、難しいと分かることもあります。
一方で、「今すぐは難しいが、この条件を満たせば近づける」「別の方法なら実現できるかもしれない」と捉え直せる場合もあります。
重要なのは、根拠なく楽観的になることではありません。
目標と現在地の間にある条件や経路を理解し、自分が次に取れる行動を見つけることです。
なぜ、この研究テーマを持ったのか
私はこれまで、高校生のキャリア教育や就職支援、図書館での教育イベントに携わってきました。
その中で感じてきたのは、生徒の選択肢が、能力だけでなく「知っている情報の範囲」によっても大きく左右されるということです。
本当は複数の道が存在していても、本人が知らなければ、その道は選択肢として認識されません。
知らない奨学金は利用できません。
知らない職業は目指せません。
知らない相談先には相談できません。
知らない進学経路は選べません。
つまり、情報を調べる力は、単なる検索技術ではありません。
私は、調べる力を次のように捉えています。
知りたいことを問いに変え、必要な情報を探し、確かめ、次の一歩へ変える力
調べることによって、今まで見えていなかった選択肢に出会える。
その経験が、「自分には無理」という認識を、「条件次第では近づけるかもしれない」という認識に変えるのではないか。
これが、今回の研究の出発点です。

目標・現在地・阻害要因を言葉にする
↓
情報を探索し、条件や経路を理解する
↓
可能性認知が形成される
↓
次の行動が具体化する
キャプション例:
「今回の研究で想定している、探索から行動意図までの仮説モデル」
「可能性をハックする」とは
イベントでは、「可能性をハックする」という言葉を使いました。
ここでいうハックとは、裏技を使うことではありません。
条件や方法を調べることで、今まで見えていなかった道を発見することです。
イベントでは、次のような流れで活動しました。

1.「どうせ無理」と思っていることを考える
最初に、生徒自身が「やってみたいけれど、難しそうだと思っていること」を考えます。
例えば、
- 好きなことを仕事にしたい
- 留学したい
- 本を出版したい
- 起業したい
- 成績を上げたい
- 憧れの職業に就きたい
といった目標です。
あまりにも簡単な目標では、調べる必要がありません。
一方、完全に現実から離れたテーマでは、具体的な行動に変えることが難しくなります。
そのため、「少し無理そうだが、調べることで分解できるテーマ」を設定してもらいました。
2.目標と現在地を言葉にする
次に、
- 何を実現したいのか
- いま何を知っているのか
- 何が難しいと感じているのか
- 何が分からないのか
をワークシートに整理します。
この段階は、検索する前の準備です。
目標が曖昧なままでは、AIや検索エンジンに何を聞けばよいか分かりません。
まず、自分の考えを言葉にすることから始めます。

3.AIを使って、問いと選択肢を広げる
整理した内容をもとに、AIへ相談します。
AIには、単に答えを聞くのではなく、
- 目標に必要な条件
- 考えられる到達経路
- 似た事例
- 最初にできる行動
- 追加で調べるべきキーワード
などを質問します。
AIの役割は、結論を決めてもらうことではありません。
自分だけでは思いつかなかった問いやキーワード、選択肢を広げることです。
一方で、AIの回答は常に正しいとは限りません。
存在しない制度を紹介することもあれば、情報が古い場合もあります。
そのため、AIから得た情報を、そのまま正解として使用しないことも伝えました。
4.図書館の資料で確かめる
AIで見つけたキーワードを使い、本や資料を探します。
図書館は、検索結果だけでは出会いにくい背景知識や専門的な情報に触れられる場所です。
また、司書に相談することで、自分では思いつかなかった検索語や資料に出会えることもあります。
今回のイベントでは、
AIで広げ、図書館で確かめる
という役割分担を大切にしました。
AIの便利さと、図書館が持つ資料・情報・専門性を組み合わせることで、より深く、信頼性のある探索を目指しました。
5.次の一歩を決める
最後に、調べた内容をもとに、次に取る行動を考えます。
例えば、
- 関連する本を1冊読む
- 進学先の公式サイトを確認する
- 先生や家族に相談する
- 必要な資格を調べる
- オープンキャンパスの日程を確認する
- もう一度AIに別の角度から質問する
などです。
大きな夢を、その日のうちに実現することはできません。
しかし、次の一歩を具体化することはできます。
この「次に何をするか」が見えることを、可能性認知から行動への重要な接続点として捉えています。
全体的に高評価&「目標に近づけそう」という感覚がアップ
- 4領域すべてで平均4点以上(5点満点中)。イベントの分かりやすさだけでなく、参加者の「行動意図」なども高く評価されました。
- 目標に対し「どれくらい近づけそうか(0〜10点)」の自己評価は、参加前の3.67点から、参加後は6.33点へ大きく上昇(9名中8名がアップ)。
2. 「感情的な自信」ではなく「具体的な道筋」が見えた
今回最も印象的だったのは、自由記述の内容です。 単に「楽しかった」「自信がついた」という感情論ではなく、以下のような声が目立ちました。
- 「何をすればよいか分かった」
- 「具体的な改善方法が見えた」
- 「夢が目標に変わった」
これは、「調べることで条件や経路が明確になり、結果として『できるかも』と思えるようになる」という私たちの仮説を裏付ける結果です。
3. 今回の調査で言えること、今後の課題
誠実な研究として、現在のデータで「言えること」と「まだ言えないこと」を区別しています。
- 分かったこと:AIを使うことで必要な条件や行動が具体化し、前向きな行動意図が高まった。
- 今後の課題:AIの印象が強かった反面、「図書館資料ならではの効果」はまだ分離して測れていません。また、実際の行動(数週間後に本を借りたか等)への結びつきも、今後の追跡調査で検証します。
終わりに:「励ます研修」から「調べて見つける研修」へ
根拠なく「やればできる」と励まされても、具体的に何をすればいいか分からなければ人は動けません。
現在地を知り、足りない条件を調べ、次の一歩を決める。 調べることで、初めて見えてくる可能性があります。 今回の実践を、学校や社会人向けにも活用できる「調べて可能性を見つけるプログラム」へと発展させていきます。
一般社団法人Woolly
代表理事 中村 祥之
教育・キャリアワークショップの企画、図書館とAIを活用した学習プログラム、研修設計に取り組んでいます。
